男鹿の冬

「冬」は静寂。

男鹿の冬は長く厳しい。
今の若い人たちは信じられないかもしれないが、当時一晩で雪が50cm以上積もることはよくあった。
朝起きると除雪車がかき分けていった雪で道路の両端には高い雪の壁ができた。
車が出られなくなるので、朝学校に行く前に雪かきの一仕事させられたものだ。
最初のうちは家の周りの空いている場所に積んでいくのだが、そのうちに積みきれなくなり、徐々に遠くに運んでいくことになり、最後は海まで運んで捨ててたな(実家からだと約200mの道のり)。

昔の家はつららがよく出来た。
かくいう実家も(建て替える前は)軒下から地面まで届くつららができた。
つららが出来るということは、雪が屋根から落ちてこないということである(積雪が多いところでは、屋根からの落雪でたまたま下を通った人が怪我をすることもあることから、屋根に雪の滑落止めがされていた)。
よって、定期的に屋根の雪かきをしないと、家が雪の重みでつぶれてしまうこともある。
これが結構重労働で、お年寄りの世帯は大変だったと思う。親戚の家には手伝いにも行ったものだ。

冬の間は農業も漁業もほとんどできないので、かなりの世帯で出稼ぎに行ってた。
雪に閉ざされ住人は外に出なくなるので当時よくわからなかったが、あとから世間話で聞いて人がいないから余計静かだったんだなと納得した。
冬は本当に静かだった。
雪が音を吸収するということは人に聞いて知っていたが、それだけではなかったということだ。

厳しい冬ではあったが、冬にしか獲れない珍しいものがあった。

一つはブリコ。
ハタハタの卵である。
海藻に産み付けられたものが、海の時化で海藻ごと引きちぎられて浜辺に寄ってきたものだ。
子供の握りこぶし大で、緑色がかったものから小豆色のようなものまで色の幅があった。
波打ち際に寄っているものを見つけたら、海水で洗ってそのままおやつ代わりによく食べた。プリプリしておいしかったが、生の魚卵で若干生臭いところがあって、好き嫌いはあると思う。


(若干、干からびた感じではありますが、こんな感じですね)
これが大量に浜辺に寄せられてくると・・・
 ↓↓

(オレンジ色っぽいのは全部ブリコです。埋め尽くされてますね。いつ頃の画像なんだろう・・・こんなすごいことになってるのは記憶がない。この年は豊漁だったんでしょうね。)
(Googleで画像検索して偶然この場所見つけましたが、これ私の実家のすぐそばの浜ですね。遠くに石油備蓄基地が見えてますが、場所分かりますかね。いや懐かしい。)

「男鹿半島を吹く風は……」 サイト様より画像お借りしました。
http://tomokooffice.c.ooco.jp/index.html

もう一つは「タルイカ」とか「タレイカ」とか呼ばれたかなり大きなイカ。
これも時化が明けた翌朝などに浜辺に流されてきていて、1匹が1m近くあったとか。
波打ち際の浅瀬で身動きが取れなくなっているところを御用!というわけですね。
私は実際に見ることは出来なかったので、噂話程度でしかないですが、1匹丸ごと売ると50万~100万近くになったという話を聞いた。
まあ、あくまでも噂話だが。
何分、生でも写真でも見たことがないので想像するしかない。
一遍食べてみたかったな~
1mもあったら一人じゃ運べないからもっと話が出てもいいんじゃないかと思うのだが・・・ガセと思われなくもないが、毎日浜辺を散歩する人は一人二人じゃなかったですね。


(Googleでタルイカで検索するとこんな画像がでてきた。胴長65cmとか。やはり実在するらしい。ソデイカという名前も出てた。)

冬は夏に比べて潮が大きく引いたので、長靴はかなくてもかなり沖合まで歩いて行けた。
潮が引いて残された潮だまりの中に、たまに大きな魚が逃げ遅れて閉じ込められていたりして、簡単に捕まえられた。(ラッキー!)
干潟の大きな岩をひっくり返すと、その下にミズダコやワタリガニがいることもあり、水は冷たいけれどもよく海に遊びにいって獲物を探したものである。

冬の子供の遊びと言えばミニスキー。
平らで広く長い傾斜は男鹿にはほとんどないので、本格スキーができるような場所はない。
だから長さが40cm程度のプラスチック製のスキーで遊ぶのが一般的だった。短いので小回りが利いて、狭い場所でも結構楽しめた。
子供の頃は山の斜面やあぜ道でスキーやソリで遊んだものだ。
ちょっと勢いついて曲がれないと崖下や川に転落する危険な場所が多くて、怒られながらも遊んでいたな~。

また、当時は雪が多かったので、かまくら作るのにも困らなかったね。
雪合戦もよくやったな。
家の中でファミコンで遊ぶこともあったけど、やっぱり外で遊ぶのが好きだったな~


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